なぜ医師は患者を見ず(診ず)、パソコン画面ばかり見ているのか
2023年02月15日
久々のブログ更新となります。院長の平出です。コロナの第8派もようやく収束傾向にあり、5月からは感染症の分類も5類相当に変更することが決定しました。これにて日本のコロナ禍も終息に向かうことを願って止みません。コロナがまん延している状況下では患者様の受診控えがあり、昨今ではこの事による二次健康被害(持病の悪化や、通院を中断したことによる体力の低下)が顕著になってきております。今後はアフターコロナを見据え、徐々に通常の生活に戻していく必要があるように日々感じております。病状が悪化する前に対処した方が、良い結果が得られることが多いです。ご不安なことがあれば、ぜひ当院にご相談いただければ、と思います。
さて、前フリが長くなってしまいましたが、本日のテーマは表題の通り「何故医師は患者を見ず、パソコン画面ばかりを見ているのか」についてです。当院を受診される患者さんの中に、少なからず他の医療機関で「先生がパソコンの方ばかり見ていて全然こちらを見てくれなかった」「受診したのに画面ばかり見てまともに診察してもらえなかった」といった理由で、評判を聞き当院にお越しいただいた、というお声をいただきます。大変耳の痛い話です。昔の先生はそんなことなかったのに・・という想いの患者様も少なからずおられるようです。実はこの問題には二つの大きな理由があります。本日はこの二つの理由についてお伝え出来れば、と考えております。
そもそも、パソコンで何をしているのか、よく理解出来ていない患者様も多くいらっしゃると思います。私が医師になりたての頃(もう20年以上も前になります)は、多くの医療機関はまだ紙カルテでした。「カルテ」というのはドイツ語で「診療録」の意で、英語ではチャート=Chartと言います。診療録には患者様の診療に必要な様々な情報が掲載されています。生年月日、住所、連絡先はもとより、保険情報や薬のアレルギー歴、既往歴、現病歴、投薬内容や検査などなど。こうした記録は一人一人の患者様に存在し、我々はこの診療録を参照しながら診療を進めます。診療録はとても大事な公文書で、医師法や我々保険診療医のルールブックとも呼ばれる「療養担当規則」にもその記載の義務付けが明記されています。
さて、紙カルテの時代は診療録の記載は診察とほぼ同時進行で出来ました。診察を進めながらカルテを書くことが出来ました。当然ボールペンで紙に書くワケですから、患者様の方を向きながらでも記載は可能でした。しかし、現在は当院も含め多くの医療機関で「電子カルテ」が導入されています。電子カルテでは、診療録はキーボードを使って入力します。電子カルテでは診療録の記載以外にも、レントゲンや採血の指示も出来るようになっています。電子カルテはパソコンに入っていますので、当然入力作業をするためには画面の方を向かざるを得ません。私は中学生の頃からブラインドタッチ(手元を見ずにキーボード操作をする)の訓練をしていましたので、あまり苦になりませんが、最近パソコンに慣れたような比較的ご年配の先生はパソコンの入力作業だけで四苦八苦・・ということもあるようです。
診療録の記載は診察と同時、もしくは可及的速やかに行う事が望ましい、ということが療養担当規則には書かれています。即ち、原則論としては後から記載できるものではありません。また人間の記憶というのは曖昧なものですので、現実的に患者様を1日に何十人と診察して、あとからまとめて記載するというのは色々な意味で現実的ではありません。診察の合間に入力・・ということも出来なくもないかもしれませんが、それでなくともお待たせ時間が長くなっている状況では、さらにこのお待たせ時間が長くなってしまいます。というわけで、多くの医療機関、多くの医師は患者様の話を聞きながらパソコンの入力作業をすることになります。結果、患者様目線で見れば「医師は私の方を見ないで、パソコンばかり見て!」ということになるワケです。
本来、診療というのは患者様をしっかり「診る」ところから始まります。しっかり目を見て、表情や顔色を見て、あるいは歩き方などを見て、診断を付けて行きます。もちろん、途中で理学所見を取ったり、検査をすることもありますが、とにかくよく観察をすることが大事です。しかし、今の電子カルテありきの世の中では、これがままなりません。若い先生方は特に「カルテの記載をしっかりするように!」という教育を受けていますから、猶更です。開業医は開業後1~2年で新規個別指導という行政指導(地区の厚生局が主体で行う)を受けなければいけません。この際にもカルテの記載は非常に厳しく見られます。カルテの記載に不足があると、診療報酬の自主返納を求められます。すべての診療行為は、カルテへの記載が義務付けられており、カルテ記載が不足していると最悪の場合医業停止処分という厳しい処分を科せられることもあります。
つまり、現在のある種カルテ偏重主義は(現場のことを良く理解していない)行政が創り上げた物、という見方も出来ます。カルテは、誰が見ても一目瞭然にその患者様の状況が分かるようになっていないといけない、という大前提はもちろん揺るぎないものですが、現状はやや行き過ぎのように感じている医師も多いのではないでしょうか?最近ではMA=医療補助クラークという事務員が付いて、カルテ記載を代行する場合もありますが、診療所ではMAのコストを診療費に反映出来ないので、なかなか浸透しないのが現状です(また医師ではない事務スタッフに正確なカルテ記載を求めるのも酷な話です)。患者様目線で言えば、カルテなんていいから、私をちゃんと見て!というのが本音ではないでしょうか。医師も、昔のようにカルテは2、3行書いてあとは患者さんをしっかり診れる方が幸せです。
このように、日本の医療では現場を知らない官僚や行政により現場の仕事が妨げられているということがしばしばあります。そもそも誰のための、何のための医療なのか?医療というサービスは、患者様にとって最大利益となるようでなければ私は本末転倒だと思います。この辺の内部事情はなかなか患者様には伝わりにくく、半ば愚痴のようになってしまいましたが、多くの方の目にこの記事が触れることを願って止みません。当院では出来る限りカルテの入力作業にばかり注力するのではなく、しっかり患者様を見て、患者様を診ることを心がけて居ます。当院にお越しの多くの患者様にそれは伝わっているのではないか、と自負していますがそれでも本当に混んでくるとついパソコンばかりを見てしまい、いかんいかんと自責しています。何か当院の対応でお気づきの点があれば、ぜひご指摘いただき、改善出来る所は改善していきたいと考えています。