芹が谷整形外科クリニックのブログ

変形性膝関節症にまつわる都市伝説

2021年09月22日

コロナの第5波もようやく収束の兆しが見えて来ましたが、皆さまいかがお過ごしでしょうか?院長の平出です。私はもともと大学院在籍中に膝関節軟骨の再生医療の研究を行っておりました。その流れで、博士号取得後は、各関連病院で変形性膝関節症を中心にたくさんの手術を担当させていただきました。勤務医時代から、変形性膝関節症については様々な「都市伝説」を見聞きし、患者さんから質問を投げかけられることも少なくありませんでした。しかし、こうした多くの「都市伝説」は誤った情報が基になっていることも多く、これはコロナワクチンにまつわるデマ同様、まさに「情報氾濫時代」の弊害と感じております。整形外科専門医として、また膝関節疾患をライフワークとしてきた者として、よく見聞きするいくつかの都市伝説について専門的見地から見解を述べたいと思います。

 都市伝説① ~膝関節注射は痛い

よく患者さんにヒアルロン酸(膝軟骨の栄養分)のお注射をお勧めすると、「痛いんですよね?膝の注射はすごく痛いと聞きます」、と拒絶反応を示される方が一定数いらっしゃいます。膝関節注射は本当に痛いのでしょうか?まず、ヒアルロン酸という製剤ですが、いわば膝関節の栄養素の濃縮エキスのような物です。サプリメント(詳しく後述します)の類と違って、膝関節内に直接投与するため、変形性膝関節症に対する除痛効果にはしっかりとした医学的エビデンス(=根拠)があります。このため、初期~中期の変形性関節症の患者さんには当院でも積極的にヒアルロン酸注射をお勧めしています。今年になり、従来のヒアルロン酸に加えジクロフェナクという鎮痛剤成分が入った新たな製剤も出てきていますので、従来の注射が効かなかったという方でも、除痛が期待できるようになってきました。

それではなぜ膝関節注射=痛いという先入観を多くの方がお持ちなのでしょうか?原因は二つあると考えます。まず、一つ目は薬液を注入するのではなく、関節液を検査・治療目的で抜く場合、細い針では関節液の採取が困難なため、18G(ゲージ)針という太い針を用います。一方、注射で薬液を注入する際には一般的に23Gという細い針を使います。当院ではさらに疼痛を予防する意味で25Gという細い針を使用しています。18Gと25G では7段階も太さが異なるため、痛みは違って当然です。膝の中に関節液が多く貯留している場合、この関節液の貯留そのものが悪さをして疼痛や機能障害の原因となる可能性があるため、穿刺してまずは余分な関節液を抜いてから薬液を注入する場合もあります。

ふたつ目は、医師の手技の問題で、本来関節内に入るべき薬液が関節外に漏れてしまう場合です。治療用のヒアルロン酸は非常に濃度の高い液体となるため、関節外に入ってしまうと強い疼痛を伴います。残念ながら、医師による技量不足や解剖学的な問題で、一定の確率で関節外にヒアルロン酸が入ってしまうことがありますが、当院では膝のことを熟知した経験のある医師が注射を行いますので、このような事例はほとんどありません。また様々な理由で関節内注射が困難な例では超音波装置(=エコー)を用いて、確実に関節内に薬剤を投与する事も可能です。当院では⓵医師の確実な手技②25Gという細い針の使用➂状況によるエコーの併用により、ほとんどの患者さんに痛みなく関節内注射を受けていただいております。過去に関節内注射で痛い思いをした、という方でもぜひお気軽にご相談ください。

都市伝説② ~膝の水(関節液)を抜くとクセになる?~

これも良くある誤解です。患者さんの中には「膝の水(=関節液)を抜くとクセになるから抜きたくない」という方が一定数いらっしゃいます。たしかに、関節の炎症が強く、多くの関節液が貯留している場合、炎症が治まるまで必要に応じ関節液を複数回抜く場合があります。しかし、これは抜くからクセになるわけではなく、炎症が遷延する場合、関節滑膜という組織から過剰な関節液の分泌が起こるため、際限なく膝関節内に関節液が溜まってしまう、というのが実際です。つまり、抜くから溜まるのではなく、抜いても抜いても吸収される量が産生される量に追いつかないため、閉鎖腔(閉ざされた空間)である関節内に溜まってしまうのです。上でも述べましたが、あまりにも関節液が多く溜まってしまうとそれ自体が機能障害疼痛の原因となるため、どうしても抜く必要があります。あまりにも炎症がひどい場合には一時的にステロイドという強い抗炎症効果のある薬剤を注入する場合もあります。

都市伝説③ ~痛み止めは治療薬ではない~

これも非常に多く聞かれる誤解です。たしかに、痛み止め(=消炎鎮痛剤)を服用したところで、一度減ってしまった軟骨が再生することはありません。しかし、多くの場合軟骨の減少が直接痛みの原因となることはなく、軟骨の減少に伴う滑膜の炎症(=滑膜炎)と、これに伴う関節液の貯留が痛みの本体であると考えられています。痛み止めは、自覚症状を改善するだけではなく、まさに消炎鎮痛剤ですので、炎症を緩和する効果が期待できます。炎症を緩和出来れば、多くの場合疼痛も改善し、機能も回復します。この意味において、消炎鎮痛剤=治療薬とみて差し支えないと考えます。ただし、漫然と消炎鎮痛剤は内服し続けることは決して良い事ではありません。長期に渡り消炎鎮痛剤を内服していると、消化管潰瘍や、腎機能障害等の内臓系の障害を惹起する危険性があります。この場合には慢性疼痛治療薬への移行を検討する必要があります。

都市伝説④ ~膝関節症にサプリメントが効く?!~

巷には多くの関節痛治療サプリメントと称される医薬部外品が発売されています。月額に換算すると5000円以上するものも少なくなく、大変高価なものです。藁にも縋る思いでこのようなサプリメントに手を出す心理も理解は出来ますが、残念ながら現状このようなサプリメント(コンドロイチン、ヒアルロン酸、等々)が膝関節症に効果があるという科学的エビデンス(=根拠)はありません。数年前に北米で大規模なサプリメントの効果に関する研究が行われましたが、ほぼプラシーボ効果であったという結論が出ています。そもそも医学的に効果があると立証されている薬剤については厚生労働省薬事局が保険適用薬として認可しています。こうした認可がなく、我々医師が処方できない物については「健康食品」の域を出ない、という理解で良いと思います。当然、飲んだからといって身体に害のあるものではありませんが、サプリメントで膝関節症が改善するということはまずありません。漫然とサプリメントに頼っていると病状を悪化させる可能性があるので、早めに専門医にご相談ください。

都市伝説⑤ ~手術をすると歩けなくなる?~

私が医師になった20年以上前と比べ、医療技術は目覚ましい進歩を遂げています。確かに、黎明期の人工関節などは機種そのものの耐久性等に問題もあり、長い間なかなか成績が安定しませんでした。残念ながら10年以上前に手術を受けた方の満足度はそれほど高いものではなかったかもしれません。しかし、手術手技の向上、インプラント品質の向上により現在は人工関節を含めた膝関節手術の成績は著しく改善しています。それまで歩くのがやっとだったような方でも、適切なタイミングで適切な手術を受けることで驚くほど痛みや機能が改善するようになっています。私自身、勤務医時代に500例近い膝関節手術を手掛けて来ましたが、ほとんどの方が杖無く歩けるようになりました。手術に於いて大切なのは手術を受けるタイミングと、手術を受ける病院の先生の腕前、そして術後のリハビリです。

よく、歩けなくなったら手術を考える、という方がいらっしゃいますが、これではタイミングが遅すぎます。しっかり歩行能力が残っている状態で手術を受ける方が術後の回復は圧倒的に良いです。当院では膝専門の医師が適切なタイミングで手術をお勧めします。また手術が必要無い方につきましても、出来るだけ病状が軽い段階からリハビリの介入を行い、筋力や歩行能力の維持に努めます。誰だった出来れば手術はしたくありません。しかし、いざとなったら最適なタイミング最良の手術を受けていただくことは日常生活動作を維持し、健康寿命を延ばす意味でも極めて重要です。手術を他院で勧めらたけど、踏ん切りがつかない、他院で治療を受けているがちっとも良くならない、という方はぜひセカンドオピニオン目的でも結構ですので、お気軽にご相談ください。膝を交えて(笑)、相談に乗らせていただきます!